Simca 1100

tanshin2004-12-31

最初に海外へ行ったのはサイパン、グアムで20歳の時だと思う。それも神戸から船で行った。2回目は姉夫婦が住んでいた米国、バークレーに行き、それからカナダへも小川くんと行った。大学最後の休みには遠藤くんと欧州自動車旅行に行った。当時成田は開港されていず羽田〜モスクワ〜パリへアエロフロートで行った。機体はイリューシン62で便所の消臭剤臭く、窓は結露していた。スチュワーデスはモスクワまではデブの中年、パリまでは若いスタイル抜群のスチュワーデスだったけど、横柄さは双方変わらなかった。高度が下がりオートルート上の自動車の黄色いヘッドランプをみて『ああ、フランスに来た』と実感した。パリの空港は現在のロワジーシャルル・ド・ゴール)ではなくオルリーで夕刻に到着した。

翌朝朝早く起き、R4,2CVそして404が走るパリの街角でぼおっと夢見心地でいた。レンタカーはシャンゼリゼ近くのハーツでSimca1100を借りた。凱旋門をぐるっと一周してから、北へ向かった。カレーから深夜ドーバーを渡り一泊、スコットランドエジンバラを経由してハイランド、インバネスへ行き、当然レイク・ロッホ・ネス=ネス湖へ行った。ネス湖は静かで怪しい如何にもネッシーが出そうな湖だった。湖畔に古城があり、観光の若い二人の日本人女性がいた。が何も起こらなかった。ネス湖近くのトマト・スープの美味い旅籠に2泊しあとレイク・ディストリクトへ南下しロンドン経由フランスに戻った。フランスではルマンへ先ず行った。フェラーリ、フォードが300km以上でぶっ飛ばすミュルサンヌの直線をSimca1100のスロットルを目一杯踏み込み150kmでルマン24時間レースの気分を味わった。ルマン自動車博物館も興味深かった。ドイツではシュツットガルトのポルシェ工場へいきなり行き『工場見せて』と頼んだら『明日来い』と快諾をえた。如何見てもポルシェを買えそうに無い長髪、髭ヒッピー風アジア人に対してだ!ミュンヘンではBMW本社の博物館を見学後、またフランス、リオンへ。リオン近郊のロシュタイエ博物館へいった。古いバイク、車が所狭しと置かれていた。当時個人所有の博物館と言っていた。リオンからスイスへ上がり『スイス観光』をしジュネーブに戻り、丁度開催されていたジュネーブ・オート・ショウを見物し自動車旅行は終わった。全工程7,000km、故障も無く、如何にもフランス車的シートは快適だったし欧州大衆車の実力を改めて実感した。飛行機でジュネーブ〜ロンドン〜モスクワ〜羽田に戻った。羽田では遠藤くんのお兄ちゃんが、桃色かかった白のアルファスッドTiで迎えに来ていた。1976年3月だった。