Citroen GS

tanshin2004-12-29

Citroen GSには1982年から2年半くらい乗った。高崎から引き取って関越を高速で運転した時の興奮は今でも覚えているし、アキュムレーターがダメだなというのも直ぐ判った。斬新なボディ・デザイン、油圧機構、素敵な茶色のファブリックに惚れた。GSの修理でも赤坂自動車のお世話になったし、静岡と清水間の国道沿いにあった西欧自動車(だったか?)にも何回も修理をお願いした。ある夏紀伊半島一周旅行で静岡を出発し、渥美半島伊良湖から紀伊半島に渡り、山道を走っているときにオルタネーターのパンクは来た。Cマチックゆえ発電が無いとバッテリーのみでシフトするしかなく、当然エンジンも然りで暫く走るとまずい事になってきた。どこの街か忘れてしまったけど、外車が沢山止まっている修理屋に持ち込んだけど断られ、山道でつぶれかけた(ように見えた)自動車電装屋を見つけた。納屋にボロいトラックが止まっているだけで営業しているのかどうか判らないような電装屋に、兎に角惰性で乗り上げた。即エンジンは死んでしまった。『こんにちわ〜』と数回呼んだと思う。ステテコ姿の爺さんが出てきた。この爺さん初めてシトロエンを見たらしくシゲシゲと車を見た後『やってみるよ』とか頼りない返事をした。GSはオルタを外すのもフロント・グリルを外し大変な大作業だった。でもそのステテコ爺さんは、翌日の夕方までにオルタのコイルを巻きなおしパンクした部分をシッカリ修理していた。料金も申し訳ない程僅かだったと思う。
このトラブルで意気消沈し旅行はギブアップ、新婚であった女房にブツブツ言われつつ静岡に戻った。女房は免許取立てで初めて運転する車はCitroen GSという素晴らしい環境にも関わらず何時もブツブツ言っていた。後々欧州に住んでいたときに乗っていたCitroen CXも女房は嫌いだったし、よく船酔いしていた。
調子のいいときのGSは本当に素晴らしかった。1220cc空冷水平対向のエンジンのトルクは余り無いが、気持ちよく回ったし御殿場から富士方面への下りでは150kmは巡航できた。オルタのパンクは元々クーラー装着を前提にしていない車に、日本用に無理無理装着していたのも一つの原因らしい。だからクーラーを取ってしまおうと思ったもののオリジナルの部品が取り去られており、それも叶わなかった。
日本でも相当数輸入された筈なのに今残っているのは極僅かだろう。また90年から00年まで欧州にいたが、GSを見ることは稀だった。ヤッパリ根本的に耐久性のない工業製品であったのだろう。ただ、今でもGSは又欲しい車Best Threeに入るほど愛してやまない素敵なフランス娘だ。