シボレーに始まり

tanshin2004-11-12

自動車日記…何となく子供っぽいな。

小さい頃、それも今から45〜6年くらい前、我が家は杉並に住んでいた。

国鉄の中央線にはGHQが決めたのか女性専用車が連結されていた。バスはボンネットバスが普通だったし、勿論ワンマンなんてなかった。角のタナカヤ肉店のコロッケは7円だった。その頃近くに材木屋のコウちゃん一家が住んでいた。コウちゃんのお父さんは羽振りがよく、薄緑の1956年位のシボレーに乗っていた。横田基地で航空ショウがあるときは、ダットサンのトラックの荷台に、材木屋さんの従業員の人たちと荷台に乗って見に行った。警察ものんびりした時代だった。国産車はスバル、スズライト、マツダ360、そしてダイハツ・ミゼットなどが白い煙を吐いてうごめいていた。

かかりつけのお医者さんは、ニッサンオースチンで回診に来ていた。隣の慶
応のお兄ちゃんはオーバル・ウィンドウの黒いVWに乗っていた。

ボクは当然18歳になるや免許を取り、色々自動車運転したり、修理したりを楽しんできた。今はルノー・アルピーヌA110、ここにたどり着いた自動車履歴を書いていきたい。