番外編 ブルートレイン

昨年末だったら友人H氏と飲んでいるときだったか、メールやり取りしているときだったか『ブルートレイン廃止になるんだって』という話題になり、『んじゃ、ちょっくら熊本をパトロールしにオジン二人旅行くかぁ!!ひゃひゃ!!』とかなんとか、盛り上がっていたけれど、『予約しようかなあ』なんて思った頃にゃ瞬時に売り切れる始末に。『3月で廃止』ということが、JRから発表されるまえは、乗車率40%だったというし、車両も老朽化が進んでいるとか、このご時勢では致し方なしなのかなぁ。まあブルートレイン損益分岐点えらく高そうだしな!!

やや鉄男的小学校5年の頃だったか、親の生家のある大分に行くことになり、往路は羽田から『バイカウント』で伊丹へ、伊丹から『フレンドシップ』で大分空港へ行き、蒸気機関車が引っ張る豊肥線でその田舎町へ、復路は大分からは念願のブルートレイン『みずほ』で東京まで帰ってきたのが唯一の経験。1963年か64年頃だったと思う。ただ子供心には格落ちの『みずほ』じゃなくて『あさかぜ』とか『さくら』とかに乗りたかった。

当時の『みずほ』は熊本、大分⇔東京で、大分方面は御裾わけみたいな編成だったようで、熊本からくる編成に食堂車は付いていた。関門トンネル内は食堂車にいた記憶がある。昨日最後の『富士、はやぶさ』も12両の控えめな編成だった。

新幹線で出張するのに『飛行機じゃなくて汽車で行くから。。。』『え〜〜汽車ですかあ!!』と笑われる!!! ワタクシ。

今日NHKで『寝台特急ラストラン』を見ていて何だか涙腺が緩んだ。『汽車』が消えた。